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東京高等裁判所 平成4年(ラ)624号 決定 1993年5月14日

主文

原決定を取り消す。

相手方の申立を棄却する。

手続費用は第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

第一  抗告の趣旨

主文同旨

第二  抗告の理由

要旨は次のとおりである。

一  本件賃貸借契約は平成七年三月三一日に期間が満了するが、このような場合には、借地条件を変更する緊急性及び必要性がある場合で、かつ将来更新見込みが確実な場合に限り、その変更を許可すべきである。

1  本件においては、まず右緊急性及び必要性がない。

(一) 原決定別紙物件目録一の土地(以下「本件土地」という。)上には、同目録二の1ないし3の各建物(以下「本件各建物または本件1ないし3の建物」という。)が建築されている。本件各建物は戦前または昭和三〇年代に建築されたもので、いずれも老朽化している。

(二) 相手方は本件土地の近くに土地を所有し、昭和五七年ころからその上のビルの四階に長男と居住しており、建築予定のビルに居住するつもりはない。

(三) 本件土地周辺は、高層ビルが建ち並ぶようになつたが、相手方は単に、本件土地の有効利用を図り利益をあげるため、又は税金対策のため、本件土地上に七階建の貸ビルを建築しようとして、本件申立てをしている。

ところで、本件土地一帯は「東池袋D地区」という都市再開発計画の対象地域であり、平成五年五月ころには開発及び整備の方針区域の指定がなされる予定であるが、右指定がなされると、再開発法により同区域内に建築する場合には知事の許可が必要となる。同区域について一、二年後には都市計画決定がなされる予定であるが、そうなると二階建以上の建物の建築は不可能となる。

したがつて、原決定のように本件申立の許可をしても、相手方はその計画中のビルの建築はできないこととなる。

(四) 抗告人は、平成七年の本件賃貸借契約期間満了時においては、更新拒絶をするつもりであるが、もし、原決定が維持された場合には、その実体上の権利関係を争う機会を奪われ、長期間にわたり本件土地の賃貸借を継続しなければならなくなる。本件においては、抗告人にこのような不利益を甘受させるべき相手方の緊急性及び必要性はない。

2  次に、本件賃貸借契約が更新される見込みが確実とはいえない。

(一) 相手方が本件申立をしたのは、前記の目的からであり、何ら自己の居住の必要性に基づくものではない。

(二) 本件土地は、大正一五年ころ抗告人の先代が相手方の先代に賃貸したもので、戦後一時的に国に接収されたことはあつたものの以後賃貸借は継続され、相手方は本件土地上に本件各建物を建築し、そのうち本件2及び3の各建物を第三者に賃貸して収益をあげてきた。そして、本件各建物は老朽化してきたので、抗告人は本件賃貸借契約の更新を拒絶し、本件土地を有効利用するため、その上にビルを建築する予定にしている。

(三) 相手方の不始末から、平成四年一二月一九日、相手方がもと居住していた本件1の建物は焼失し、本件3の建物は半焼し、建物としての効用を失つている。右1及び3の各建物は本件土地の大半を占めており、本件3の建物の老朽化も著しいから、本件賃貸借契約の期間満了時においては大半の建物が存在しないことになり、相手方は更新請求権がないものといわなければならない。

(四) 右の火災が発生したのに、相手方は抗告人に何らの連絡もしなかつた。更に、相手方は無断で本件土地の一部を貸駐車場として利用している。右は信頼関係を破壊する行為である。

右各事情から考えると、平成七年に本件賃貸借契約が更新される可能性はほとんどない。

二  相手方は本件土地を管理せず、放置していた結果、右火災が発生し、しかもそれを抗告人に連絡しなかつたので、抗告人は、平成五年一月二一日の内容証明郵便で、右を理由に本件賃貸借契約を解除する意思表示をした。

三  仮に相手方の本件申立を認容するとしても、本件土地の時価は三・三平方メートル当たり二〇〇〇万円とすべきであり、これを基準に抗告人に対する財産上の給付はその二〇パーセントとすべきである。また、相手方がその計画しているビルを建築した場合には、従来の一二ないし一五倍の賃料を得ることが予定されるから、本件土地の地代もこれに応じて決めるべきである。

第三  抗告の理由に対する相手方の主張

一  抗告人主張の火災が発生したことは認めるが、本件土地上に存在する三棟の建物のうち本件1の建物が焼失し、本件3の建物はそのほんの一部が類焼したに過ぎない。

二  抗告人主張の都市再開発計画は、まだその提案がなされた段階に過ぎず、流動的であり、今後どのようになるかは全く不明である。

第四  当裁判所の判断

一  本件記録によれば、次の各事実が認められる。

1  抗告人先代保坂徳右衛門は、大正一五年ころ、本件土地を相手方先代吉田門太に非堅固建物所有の目的で賃貸した。

戦後一時国に接収されたことがあつたが、その後は再び賃貸借契約が継続され、現在は抗告人が相手方に賃貸しており、その期間満了は平成七年三月三一日である。

本件土地上には、昭和三九年ころに木造二階建の本件1の建物、昭和三四年ころに木造二階建の共同住宅である本件2の建物及び昭和三〇年代に本件3の建物がそれぞれ建築された。

2  本件土地は、JR池袋駅の近くに位置し、本件土地の属する地域は、商業地域、建ぺい率八〇パーセント、容積率六〇パーセント(ただし、前面道路の幅員による実効容積率三六六パーセント)、防火地域にそれぞれ指定され、高層ビルや事務所が建ち並んでいる。

3  相手方は本件土地に近い場所に宅地一三九・五〇平方メートル及び同地上の鉄筋コンクリート造陸屋根五階建の建物(以上「吉田ビル」という。)のうち四階部分を所有している。相手方は昭和三九年以降本件1の建物に居住していたが、平成二年六月ころ、右吉田ビルに転居した。

相手方は、本件各建物が老朽化したので、土地の有効利用を図り、建物の賃貸により収入を得るため、本件土地上に鉄筋コンクリート造陸屋根七階建事務所兼居宅(延面積一三六一・二平方メートル)を建築することを計画し、抗告人の同意を得ることができなかつたため、本件申立をした。

4  他方、抗告人は、その現住地や本件土地等の宅地を所有しているが、平成七年に迫つた本件賃貸借契約の期間満了の際には、更新を拒絶し、土地に有効利用を図るため、ここに賃貸ビルを建築する予定である。

5  前記のとおり、相手方は本件土地上にビルを建てる計画をし、平成二年ころ、相手方は本件1の建物から吉田ビルに転居し、平成三年ころには本件2及び3の各建物の居住者を退去させた。

平成四年一二月一九日、本件1の建物に火災が発生し、同建物は焼失し、本件3の建物はその一部が類焼したため、建物としての効用を殆ど失つた。本件1及び3の各建物の敷地は本件土地の大半を占めている。

また、本件2の建物の外壁などはかなり老朽化が見られる。

二  以上の事実から判断するに、本件賃貸借契約は平成七年三月三一日には期間が満了し、抗告人がその更新拒絶をすることは明らかであるが、このように期間満了が近い場合に本件申立を認容するためには、条件変更の要件を備えるほか、契約更新の見込みが確実であること及び現時点において申立を認容するための緊急の必要性があることを要するものと解される。

本件においては、抗告人及び相手方はいずれも居住の必要性からではなく、本件土地を有効利用し、賃貸により収入を得るため、本件土地上にビルを建築しようとしていること、両者とも他に土地や住居を所有していること、本件土地の約半分を占めていた本件1の建物は焼失し、更に本件2の建物は類焼によりその家屋としての機能を殆ど失い、本件3の建物も老朽化が目立つことなどの事実を総合すると、平成七年の期間満了時において本件賃貸借契約が更新される見込みが確実とはいえず、これを訴訟で解決することを待てないような緊急の必要性があるとも認められない(なお、抗告人は本件賃貸借契約の解除を主張するが、火災の原因が不明であり、焼失したのは本件土地上の相手方所有の建物であるから、火災の発生は信頼関係を破壊するものとはいえず、右主張は理由がない。)。

三  そうすると、相手方の本件申立は理由がないから、これと結論を異にする原決定を取り消し、本件申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 谷沢忠弘 裁判官 今泉秀和)

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